あるじの無い家

 その家のあるじは、突然脳梗塞で倒れた。右脳の六割に致命的なダメージを受けて、要介護5と判定された。正常な頭脳活動もおぼつかなく、目は見えるのに左側半分は視界に入らない。わずかに動く右手だけが頼りだが、スプーンで食べれる以外は、介護なしではほとんど何もできない。介護すべき妻はそれから四か月後に持病の心臓病でこの世を去った。娘がただ一人残った。その家のあるじは、家から遠く離れた娘の住む街の福祉施設で暮らしている。娘から、「家が気になるが、色々あってなかなか家に帰れない。もう五カ月ほど帰っていない。」と聞いた。今朝早くその家に行ってみた。自動車で一時間30分かかった。家周りも庭も夏草が生い茂り、どこから手を付けようかというような有様だった。今日は、刈り取った雑草を70リットルの業務用ごみ袋6枚にぎっしりつめて車で私の家に持ち帰った。焼却処分する予定だ。雑草を全部取り切るには、まだ二日ぐらいかかるだろう。帰り際に変わり果てた庭を眺めながらしみじみと思った。庭に置いてある狸や蛙の置物も、いくら待っても、もうあるじは帰ってこないだろう。昔のようにこの家にあったかい部屋の明かりがともって、家族のはずんだ笑い声が聞こえることはあるのだろうか。運命と言えばそれまでだが、あまりにも悲しすぎる。ただ願う、娘には強く生き抜いてほしい。